ある日の3回生ゼミで、こんなやり取りがあった。周りの景観も含めてキトラ古墳を3DCGで再現しようと考えているゼミ生に「キトラ古墳って、実物を見たことある?」と聞いたら、見たことがないという。また、丹波国分寺の復元を考えているゼミ生に「(丹波国分寺と同じ伽藍配置の)法起寺って、行ったことある?」と聞いたら、行ったことがないという。近いようで遠いような微妙に行きづらいところとは言え、やはり現地を見ないことには再現とか復元とかを云々することはできない。その場で「じゃあ、皆で行くか?」ということで、その場で遠足が決定した。
12月19日、快晴。3、4回生合同編成のツアーで、残念ながら2名の欠席者(発熱+寝坊のドタキャン!)があったものの、マイクロバスで大学を出発。途中懸念された渋滞等もなく、順調な滑り出し。車内では、就職どうする?とか、結婚ってしたくない?とか、卒業が見えてきた学生らしい話題で盛り上がる。
法隆寺ICを降り、法隆寺をスルーして最初の目的地である法起寺に到着。法隆寺と比べると未整備な感じで、我々以外の観光客もいないが、法隆寺などとセットで世界遺産に指定されている。
飛鳥時代からほぼそのまま残っているという国宝の三重塔は、かなりの迫力である。法隆寺の五重塔とほぼ同じ大きさ、構造のまま三重塔として建てられているということで、線が太いダイナミックな印象。皆で境内を歩き回ったり写真を撮ったりしていたら、寺務の方が「塔の柵を越えて中を見ていいよ」と声をかけて下さる。皆で興味津々、塔内部の構造をじっくり見学し、昭和の大修理をめぐる寺務の方のお話を聞く。感謝感激。丹波国分寺を研究テーマとしているゼミ生も、何かをつかんでくれたようである。
続いてはキトラ古墳。途中、耳成山や畝傍山が見えて、飛鳥に来た気分になる(万葉集が自然と口をついたりすると格好いいのだが、などと、こういうときにはよく思う)。
つい先日「寅」のはぎ取りが行われたキトラ古墳(の入り口の方)は、写真のように建物で覆われ(AKIRAのようだ)、史跡とはとても思えない異様な雰囲気である。建物の入り口付近に掲げられた「ここがキトラ古墳です」という小さな看板が、この異様さを雄弁に物語っている。デジタルアーカイブなどとも無関係ではない、文化財行政に思いを馳せる。
キトラ古墳はもちろん、中を見ることはできない。今回ここに来た目的は、景観復元の参考にするためである。もっとも、周囲は高低差が大きなぼこぼこした地形であり、50mメッシュぐらいの標高データでは全然だめな感じである。私は、韓国の事例から、もうちょっと平らなところではないかと勝手に想像していたので、やっぱり現地に行くことは重要だと改めて思う。
最後の目的地は、奈良文化財研究所の飛鳥資料館である。ここでしか買えないキトラ古墳関連の図録などがあるので、件のゼミ生は大人買いモードである。
つい先日、和歌山で両面の埴輪が見つかったこともあり、『日本書紀』の両面宿儺の記事を思い出しつつ、資料館前庭の両面の石像(レプリカ)に見入る(気分は宗像教授)。展示の中では、山田寺の東回廊の復元がおもしろかった。
一通り見終わったあとは、おみやげを買って帰路につく。マイクロバスでの移動だったが、皆ぐったり。お疲れさまでした。
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