Wednesday, February 08, 2006

アートの大切さ

よその人が作ったデータベースを使ってみたり、自分で実際にデジタルコンテンツを作ってみたりすると、中にどんな情報があるか?ということはもちろん重要だが、使い勝手とかボタンの色とか、インターフェースの部分が非常に気になったりする。

「情報歴史学は歴史学だ!」と標榜している以上、第一に重要なのは歴史情報であり、第二に情報技術が来て、インターフェースなんて表面的なものは二次的、三次的なものだとも言える。実際、歴史の勉強が不足していれば、データベースを使っても歴史情報の質や量に不満は出ないわけで(わからないから)、インターフェースばかりが気になる人は、自分の勉強不足を疑ってもいいかもしれない (^_^;; 逆に、ある程度質が保証されているデータベース(東大史料編纂所のやつとか)でも、質についてはあまり問題視しなくなるため、インターフェースが気になってくる。

インターフェースは本当に二次的なものだろうか? と書くと、「いや、インターフェースだって結構大事だぜ」という結論を導きそうな話の流れだが、実はちょっと違う。「情報の質や量を充実させたり、最新技術を使ったすごいシステムを作っても、誰も使ってくれずに死屍累々という状況が最近続いている。そこから、『インターフェースとかって結構大事なんじゃないか』と皆がうすうす感じるようになってきた」というのが正確か。

とは言え、死屍累々が経営に直結する所謂IT業界では、この「うすうす感じる」現象がかなり前から起こっていて、「アートとテクノロジー」なんてイベントは割と頻繁に行われている。そう、モノがどういう風に並んでいたり、どういう風に体を動かすと気持ちいいのか?とか、人が集まるってどういうことだろう?とかを真剣に考えて、実際にモノや人を動かしてきたのはアーティストさんたちなのである。最近いろいろな分野でアーティストと研究者とのコラボレーションがはじまりつつある。

でも、残念なことに、歴史学をはじめとする人文科学では、このようなコラボレーションはまだ少ない。もちろん、例えば美術史のように、アートやアーティストを研究対象としてきた学問はたくさんあるし、そこで蓄積されてきた方法論や議論は極めて重要だ。でも、美術史の先生は基本的に論文しか書かない(いや、作品を作る人もいますけどね)。情報歴史学は、インターフェースを作って使ってもらわなければ始まらない(同じように、博物館とか図書館とかも、インターフェースというものが意識されなければならない分野であろう)。そういう意味では、歴史学の中で一番アートに近いのが(というか、アートしなければならないのが)情報歴史学なのだ!と言えるかもしれない。少なくとも、大きな課題であることはまちがいない。

3 comments:

Anonymous said...

これ激しく同意です。

たとえばモニタの画面も印刷紙面も有限です。その限られたスペースに何をどう配置するか?ユーザーは(何を検索した時に)どの項目とどの項目を比較したいのか?ユーザーが迷わないようにするため(誰でも直感的に使えるようにする)にはどういう UI(ユーザーインタフェイス)にしたらいか?利用頻度の高いデータベースなら、できるだけ目的の情報にたどり着くまでのプロセスを少なくしたいところでしょう。

「どの項目とどの項目を比較したいのか?」なんて、歴史学の素人ではわかりませんよね。こういうところから、そのデータベースがどれだけ「歴史学」としてのコンセプトを明確に持っているかが透けてみえたりします。こういう UI 的な部分のモデリングにどこまで歴史学の人が真剣に取り組むかって、僕は地味ですがとても重要なことだと思ってます。

アートというより、どちらかというとユーザビリティ的な話にそれちゃいましたけど、情報デザインつながりということでご寛恕くださいませ。(^-^;ゞ

moro said...

秋山さん、コメントありがとうございます。

「アート」とか「デザイン」とか言うと、芸術系とかしか思い浮かべない人が多いんですけど、秋山さんがおっしゃるようなのもアートやデザインの領域なんですよね。

例えば、座ると気持ちいいイス、なんてのもデザイナーの仕事なわけですが、そういうところって今まであまり対象化されてこなかったんですよね、無意識的な部分でもありますし。況や歴史学においてをや、というわけです。

ちょっと外れるかもしれないけど、4th Haptica bodyworkshop & 感覚設計国際会議みたいなイベントには参加してみたいんですよね。ただ、この日は卒業式なので無理なんですけど (^_^;;

話を戻すと、歴史学をはじめとする人文科学は、多分アートとは?気持ちいいとは?みたいな問いを一番しやすい領域であると思うのですが、これだけ人文科学におけるコンピュータ利用が叫ばれているにもかかわらず、いまいちノリが悪いのは、問題であろうと思います。情報歴史学という枠組みでどれだけ取り組めるかはわからないけれど、一つの課題としては常に意識しておきたいと思っています。

Anonymous said...

もろさんや秋山さんにこれまた激しく同意します。
僕は僕で、ちょうどアートと歴史学の問題を僕も考えていました。諸般あってまとめれてなかったのを(すいません、すいません)、さっきアップしました。方向性はちょっと違うんですが。
芸術としての歴史学@Under the Hazymoon
を参照ください。

ところで、トラバ機能追加していただけると幸いです。
http://www.haloscan.com/
にフリーのやつがあります。